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東京高等裁判所 平成4年(ネ)4441号 判決 1994年7月21日

主文

一  本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

理由

一  当裁判所も、被控訴人の請求は原判決認容の限度で正当であると判断する。その理由は、以下に付加するほか、原判決理由欄の説示のとおりである。

1  控訴人は、当審において、以下に記載するような各事実に照らせば、被控訴人が金銭的利益を得て都知事選挙への立候補を辞退したことは真実であり、また、仮にしからずとするも、これが真実であると信じることについての相当性がある旨主張し、《証拠略》を援用する。

(一)(1) 平成三年三月四日、被控訴人が、当時の、金丸信自民党副総裁、小沢一郎幹事長、渡辺広康東京佐川急便社長と会談をした際、被控訴人はこれら三名から都知事選挙への立候補を辞退するように求められたことは、金丸副総裁が平成四年二月二五日にテレビのインタビューに答えて「出るなとはいえないが(都知事選出馬撤回を)検討してほしい」旨被控訴人に要請していたことを表明しており、このインタビューに対して、被控訴人が自らが党首であるスポーツ平和党の当時の新間寿幹事長に対し、「わかつているなと言うから、あうんの呼吸で、ハイと頭を下げただけなんだ。オレが黙つててやんのに男の約束を破りやがつて。余計なことをベラベラ喋つて、公職選挙法に違反するつてこともわかつてないのか。」との趣旨の発言をして怒りをぶつけ、新間幹事長から金丸副総裁の秘書に抗議の電話をした事実がある。

(2) なお、平成三年三月四日の席上では、被控訴人の事業を応援し、多額の資金援助をしている右渡辺前社長が被控訴人に対し、自らは自民党支持である旨述べて被控訴人の都知事選挙への立候補に反対する意向を表明した。

(二)(1) 右新間幹事長は、本件記事<1>が東京スポーツに掲載されたことに対する新聞記者会見において、「二七億円出すというなら降りる。これを湾岸平和基金にしたい。」旨を語り、この記事が平成三年二月二八日付の東京スポーツに掲載されている。

(2) 被控訴人は、平成四年一二月ころ、新間幹事長に対し、被控訴人が代表者をしているアントントレーディング株式会社の借金がなくなり、自らはその代表者を辞退し、会社ごと佐川が引き受けてくれることになつた、「都知事選のときのアレが、今になつて生きてきた。」旨述べたことから、新間において、この真偽につき同社のもう一人の代表者である坂口泰司に問合せをし、これが真実であることが確認された。このことは、その後幹事長を辞任し、被控訴人と袂を分かつた新間が記事会見において認めており、また、被控訴人の公設秘書であつたがその後解任された佐藤久美子が同様のことを週刊誌で暴露し、かつ、この事実をもつて公職選挙法に違反するとして東京地方検察庁に対し告訴している。

(三)  控訴人は、本件各記事の内容につき、小沢前幹事長の側近中の側近の者、被控訴人の側近の者が取材したほか、複数の国会議員、検察官OB、佐川清佐川急便会長、渡辺東京佐川急便社長及び同社の早乙女潤常務取締役には直接取材したものであるところ、具体的な取材源については、職業柄これを明らかにすることはできないが、その情報の精度は極めて高いものである。

2(一)  1(一)(1)の主張については、被控訴人本人は平成三年三月四日の会談の席上では、都知事選挙の話は出なかつた旨供述するが、《証拠略》によれば、1(一)(1)の各事実が認められることに加え、その後、被控訴人が記者会見を行つて、「都知事選挙の話は出たかもしれないが、いちいち言葉として憶えていない、よろしく頼むというようなニュアンスはあつたかもしれないが、具体的に検討してほしいという言葉はなかつたと思う。」旨述べていることが認められるところであつて、これらの事実に照らせば、平成三年三月四日の会談において、被控訴人が、具体的な言葉は別として、金丸副総裁から暗に都知事選挙につき善処方要請を受けたとの事実自体はあり得ないことではないと認めるのが相当である。しかし、右の認定から直ちに、被控訴人に対して金銭的利益を提供する話合いまでがあつたと推認できるものでないことは、当然である。

なお、1(一)(2)については、控訴人本人はこれに沿う供述をするが、客観的な裏付けに欠けるばかりでなく、被控訴人本人の供述に照らしても採用することができない。

(二)  1(二)(1)の主張については、《証拠略》によれば、新間幹事長が、平成三年三月下旬ころ、右主張のような発言をした記事があることが認められるが、この記事については、これに続いて「その話が噂、中傷、誹謗の類なら問題だ。噂を真実まで高めてもらいたい。」旨の発言をしたことも掲載されていることを勘案すると、同人の発言は、控訴人の本件記事<1>が根拠のあることを認めるという前提のものではなく、右記事に便乗してマスコミ受けをねらつたものとも推察されるところであつて、到底真実に基づく発言とは解されず、この発言によつて、本件記事<1>の内容のように被控訴人が二七億円の借金につき債務の免除を受けたことが裏付けられるものとはいい難い。

(三)  1(二)(2)の主張については、《証拠略》によれば、かつてスポーツ平和党の幹事長あるいは被控訴人の公設秘書であつた新間及び佐藤がこれに沿う発言をし、これが週刊誌等に掲載されており、また、佐藤はこのこと等をもつて東京地方検察庁に公職選挙法違反として被控訴人を告発していることが認められる。

しかし、被控訴人本人は、佐川急便等に対する借金については現在においても分割して支払中である旨述べて債務の免除を受けたことを否定しているところであり、右新間及び佐藤については、いずれも最近に至つて被控訴人と袂を分かつた間柄であり、この発言内容が真実であるとするためには、これを客観的に裏付ける資料を要するところ、本件においてはこれが存しないところであつて、被控訴人が前記のような発言をしたか否か、現実に債務の免除があつたか否かについては、現段階においては真相は不明であるとしかいいようがない。

(四)  1(三)の主張については、控訴人本人の供述によれば、直接取材をしたとする者のうち、佐川清佐川急便会長には、本件各記事執筆当時においては直接取材をしておらず、平成三年一〇月四日ころに会つたところ、同人は貸した金は被控訴人からとれないという旨の発言をしていたというものであり、その意味内容は判然としておらず、本件各記事が真実であつたと認めるに足りるものとは解し難いところであり、その余の佐川急便関係者には直接取材をしたことはなく、その周辺の者に取材をしたというにすぎないものであり、また、それ以外の者についても、その氏名、具体的な日時と内容が不明であり、さらに、小沢前幹事長及び被控訴人の側近への取材については、その氏名は秘匿されており、その内容及びその真偽については一切不明であるとしかいいようがない。

3  以上の認定事実によれば、立候補の辞退に至る被控訴人の一連の行動については、周囲から見れば、外形的にはやや不可解な部分がないとはいえないものの、控訴人の当審における主張立証を勘案しても、被控訴人が立候補辞退につき二七億円という高額な金銭的利益を得ることになつている旨の本件各記事が真実であつたとの証明はないといわざるを得ず、また、控訴人が大部分の取材先を明かさない以上、これが真実であると信じるについての相当性があつたと認めることは困難である。

4(一)  被控訴人は、本件附帯控訴より、以下のとおり主張しているので、この点につき検討を加える。

(1) 謝罪広告

<1> 謝罪広告の範囲及び程度について、原判決は東京スポーツ及びこの関連三紙への一回の掲載しか認めなかつたが、被控訴人は、プロレスラーとして世界的な知名人であり、かつ、国会議員であつて、本件各記事がテレビ、新聞、週刊誌等のマスコミに取り上げられたことによつて、これが全国的に知れわたつたのであるから、謝罪の趣旨を徹底させるためには、東京スポーツ等の関連紙以外に、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の全国版朝刊社会面への掲載とこれの三日連続の掲載を求める。

<2> 謝罪広告の内容について、原判決では、「多額の金銭を提供することにより」という抽象的な文言しか認めていないが、これでは具体性がないので、「二七億円」という具体的な数字を明記すべきである。

<3> 謝罪広告の内容について、原判決では、本件各記事が掲載された新聞につき東京スポーツしか掲げていないが、大阪スポーツ、中京スポーツ、九州スポーツにも掲載されたのであるから、これを明記すべきである。

(2) 慰謝料

本件各記事が掲載されたことによつて被控訴人の被つた精神的損害は計り知れず、これを慰謝するためには五〇〇〇万円をもつて相当とする。

(二)(1) 右(1)<1>については、被控訴人は国内外における知名人であり、本件各記事がある程度広く知れわたつているものと推認されるが、本件謝罪広告が東京スポーツ等原判決の挙げる関連四紙の第一面に一日掲載されれば、マスコミ等を通じて事実上の名誉回復の効果を期待することができ、原判決が認容した掲載の程度をもつて不当であるとまではいえないところである。

(2) 右(1)<2>については、謝罪の趣旨を伝えるためには、この程度の文言でもその意を通じることが可能であると解され、具体的な金額を掲載しないことをもつて不当とはいえない。

(3) 右(1)<3>については、本件各記事が東京スポーツ以外にその関連三紙にも掲載されたことはそのとおりであるが、本件においては、本件各記事がどの新聞に掲載されたかということ自体を謝罪広告の内容として明らかにすることよりも、謝罪広告がどの範囲の新聞に掲載されるかということが重要であり、原判決は謝罪広告を被控訴人主張の関連三紙にも掲載すべきことを命じているのであるから、原判決認容の文言であつても、不当とはいえないところである。

なお、被控訴人は、謝罪広告のそのほかの文言につき、別紙目録記載のとおりとすべきである旨主張するが、いずれも理由がない。

(4) 右(2)については、被控訴人の一連の行動にやや軽率なところがあつたことは被控訴人本人も認めるところであつて、その他本件の事実関係を考慮すれば、原判決認容の金額をもつて不当であるとすることはできない。

5  以上のとおり、控訴人及び被控訴人の当審における主張はいずれも理由がなく、採用の限りでない。

二  以上の次第で、被控訴人の請求は原判決認容の限度で理由があり、これと同旨の原判決は正当であるので、本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤 繁 裁判官 山崎 潮 裁判官 杉山正士)

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